暗黒期からの脱却と新たな希望
べつです.
1年ぶりに文章とかポエムを書くことにしました.
前のブログは暗すぎて気持ち悪かったので消しました.
今度はもうちょいマシなのを書きたいと思います.
なぜこのタイミングかと言うと,ブログを作ってそこで進歩や感想を公開し,マウント取り合う文化が自分の周りになんとなく存在し始めたのと,実際取られている(と俺が勝手に思ってる)のと,ポエムを書きたくなったのと,自分が鬱期から躁期に入ったからです.
今回は最後の点について話したいと思います.
自分が大学に入って3年と1ヶ月が経過しました.
そのうち75%くらいの時間は自分の中で「暗黒期」と定義できると思っています.
自分の中で暗黒期とは,大した知識的進歩もなく,社会や共同体からの劣等感と疎外感に苛まれ,毎日睡眠と食事とネットサーフィンとビデオゲームを繰り返していた時期のことです.
まあ躁鬱病でいう鬱期ですね.
病気に例える権利はあると自分では思っていますが,正直身体的な症状が自分に出たことはないので,本当に病気なわけではないです.たぶん.
ちなみに,小学生や中学生時代もかなりの暗黒期がありました.が,大学の暗黒期は昔の経験を凌駕するほど辛く苦しいものでした.
でも,高校時代はそのようなことは1日たりともありませんでした.
なぜか.
僕はずっと考え続けました.そしていくつかの結論にたどり着きました.
ビデオゲームをすることにハマっていた
これは小さいようで結構大きな要因でした.ビデオゲームは幼少期に父親からPS1とセガサターンを与えられた時から今までずっと好きです.ビデオゲームを実際に遊ぶのも好きだし,誰かがプレイしている動画を見て作品について考えたり,ネットや攻略本で情報を手に入れるのが好きです.
ですが自分に関していえば最悪にtoxicであるという結論に至りました.そして可能な限りビデオゲームを自分で遊ぶことを止めようと思いました.動画や配信は見ても良いという条件付きで.
なぜなら,集中しすぎてしまうからです.
動画を見るのと実際にやるのとでは集中力が違います.まばたきも明らかに減り,頭痛が起きようともプレイを続行し,勉強時間ではなかなか達成できない連続10時間をいとも簡単に達成してしまいます.
ゲームに集中している時期は,ゲーム以外のことに集中できません.なぜなら,ゲーム以外で,頭痛などの身体的症状を伴いつつ集中できる行動がないからです.睡眠時間も不規則で浅いものになります.
これは明らかに自分にとって有害です.
なら集中せずにやればいいという話ですが,自分の性格上それは無理でした.
自分はゲームの才能があるとは思いません.それなのになぜ集中してしまうのか.
これについては下の方でもう一度言及したいと思います.
実際4月に入ってから,ゲームはしていません.
うそですけど.
でも毎日はしていません.そもそも始めないようにしました.
PS4もしまいました.
4月は累計数時間なはず.
その成果か,4月はかなり充実していたような気がする.
お腹が空いていた
これは小中時代と大学時代の暗黒期の相違点で,大学に入ってから一人暮らしになって食生活がガラリと変わりました.
食べる量が減ったのと,食事の質も悪くなりました.
特に自分は,自炊しようとすると食べる量と質が悪くなります.
自分で作ると食べるのがもったいなくなって,こんぐらいでいいかなとか思ってあまり食べなくなります.
あと,これは病んでる人にしかわからないかもしれませんが,お金を払ってご飯を食べることにもの凄く罪悪感を感じるんですよね.
今日大したことやってないのにお金使ってご飯食べていいのかなーみたいな.
自分は結構食べないと頭働かないし,そもそも精神状態も悪くなることがわかってきました.
でも食べるのもめんどくさいしなあ...みたいな.大学生によくある現象ではないでしょうか.
よく「食費を削る」っていう表現を聞きますが,食費を削った結果パフォーマンスが落ちたら意味ないですよね.
この問題がなぜ解決されたかと言うと,今コロナ疎開で実家にいるんです.
実家だとたくさん食べても,自分でお金を払うわけでもないので,罪悪感を感じないと言うか.まあどっちにしろ食費はもらっているわけですが.
そんなわけでこの問題は今現在はクリアされていますが,今後1人ぐらしが再開したらどうなるかはわかりません.
Communityへの所属意識の欠如
これも大学に入ってからの問題.
自分は今までも引きこもりつつもなんだかんだ部活とか学校とかは休まず行ってたわけですが,ぶっちゃけると,大学の授業は結構サボりがちでした.
大学の先生って研究が仕事なので,授業を実施するモチベに関しては個人さまざまですよね.カテキョとか塾講とかやってても,教える側のモチベって重要だなと思ってしまいます.
それはいいとして,まあ学科の建物に行けば話せる人は結構いるんですけど,授業いかない日は行かないし.てなかんじで.
サークルをやってなかったのもでかいです.この点はもうちょいやりようがあったと思うんだけど,1,2年で2回どっかに入ってみて,2回ともやめてしまったのでまあしゃあないかなと.
人と話すことと言うよりかは,たぶん,「この人の頭の中のタンスには,俺用のスペースがあるんだな」って感覚を感じることが必要なんだと思う.その感覚の担保というか証拠としてなんらかのCommunityがあって,「同じCommunityだからきっとこの人はなんか思ってくれてるだろう」みたいな.実際がどうかって言うより自分がそんな感じで安心できるかっていう.
そのためにCommunityは自分にとって必要不可欠なものだったんだけど,実際サークルの序盤って居ても感じるのは疎外感だし,やってもやらなくてもいいならやめようかなとやめてしまった.
自分はサークルよりも部活が向いてると思うんですよね.mustというかやらなきゃだめだよ,みたいな.やってもやらなくてもいいならやめちゃうので.
高校時代はmustみたいなもんだったし,一応「部活やってる奴のが勉強うまくいく」的な言説があったので部活やることに関して特別な異議とかはなかった.
まあ実際のところはわからんけど,ただ部活時代はうまくいってたから...っていう言い訳.
この問題については「希望」が解決してくれるかもなあという感じですね.
目標を失っていた
これがまあ結構なfactorというか,たぶん俺の人生これないと無理っすねってのが目標.
結局,俺はなんとなく行動するとか向いてなくて,行動してかつそれが長く持続する時っていっつもこれがありますね.
逆に「おもしろそうだからこれやってみよ」的なノリでなんか始めると大体うまくいかなくて失敗する.
才能があるか,器用な人ならそれでいいかと.
ただ俺はどっちでもないから,結構真面目にやんないとダメなんだよなあ.
俺が真面目って言われる原因ってそこな気がする.
だから本当は別に真面目にやりたいわけじゃないんだけど,真面目にやろうとして周りと噛み合わないっていう場面が結構ある.
または,真面目にできなくて何もできなくて詰むパターン.
目標とは具体的には,「こういう人になりたい」「こういうことができるようになりたい」ってやつなんだけど.
大学では,意外と見つからなかったというか.高校以前は「こうなりたい」って思えた人が結構いたんだけど,大学では正直あんまそう思える人がいなかった.
あと目標となりうる条件として意外に重要なのが「これを頑張ればこの目標を達成できる」ってのがどこまで具体的なのかっていうことだなあ.
こう考えると高校以前って,「進学」っていう目標があって,それを達成するためには「勉強,具体的には問題集を解く」をすればいいわけで,やればいいんだから楽だったと思う.
ゲームの話も,ここで関わってくる.
俺はなぜゲームにハマるのか.
これは「目標」と「それを達成するための過程」が,これ以上分解能的に分解できないほど具体化されているからだと思う.
例えば目標が「ゲームのレベルを1あげる」だとして.
そのためには「経験値を1000稼ぐ」必要があって.
経験値は「1時間で10稼げる」って決まってる.
全てがプログラムで決まってて,頑張れば必ず(数値的にも,脳内分泌物質的にも)報酬が貰える.
こんなに楽勝で楽しい話はない.
全てが見えてたら100時間くらい余裕で同じことできる.
まあ正直現実でそんな甘い話はないんだけど.でもこんな風に明確でもないと俺は頑張れないってことが分かったので,なんらかの形で自分で論理を組み立てて自己暗示していくしかない.
これについても「希望」が関わってくる.
希望とは?
まあ研究室のことですね.
4月から研究室にはいって,結構心持ちが変わったと言うか.
Communityと,これだけやっときゃいい的なものが手に入ったのがでかいなあと言う感じ.
これは俺の研究室特有のことかもしれないですが,正直部活っぽいなと.顧問がいて先輩がいて,みたいな.
部活で(それなりに継続して)頑張れてた自分からしたらワンチャン頑張れるんじゃないかという期待.
まあ始めだからまだわからんし,2年後期で学科入った時も似たようなこと思ってたけど3年は崩壊したからまああれだけど.
失敗しないためにはまずとにかく手を動かさないとなあという感じ.ここでコケたらいろいろおしまいだという意識で.
あとは,コロナ環境のおかげで今逆に心が落ち着いているのかもしれないですね.
正直いろんな判断基準がバグってるので.
映像授業も正直楽しいし.Zoom遊びも楽しい.
どうせみんな引きこもってるしっていう事実が,ひきこもることに対する免罪符になってるんですよね.また学校が始まって1人ぐらし始まってみんなが動き出したら,逆に俺は鬱になるかもしれない.
こんな感じで,気付いたらちょうど4000字いったのでおわっときます.
自分の考えを頭の中で文章化するのは正直昔から結構好きで,好きというか気付いたらそういうことばっかりして手が全く動かないってことが多いんですが.
まあ,昔からそうなんだけど,自分が文章を書くと記事というよりむしろ,繋がりがめちゃくちゃで散文的なポエムになってしまうので,公開するかどうかは迷うんですよね.
でも1年前書いた闇の塊みたいなテーマのブログでも,なぜか友達は結構みてくれてたみたいで,その話をしてくれるのはかなり嬉しかったですね.だから今度はもうちょい普通に明るい話していければなと.
そんな感じで,まずは音楽とか動画とかゲームとか趣味の話をしてけたらなと思います.
それではさようなら.